思い出の「振袖 」美術館その1

我が子を想う親の気持ちは万国共通。我が子の幸せを願い着物を準備する。
特に、振袖にはその気持ちが現れているのではないでしょうか。
我が子の振り袖姿を見た瞬間、今までの苦労がすべて洗い流されてゆく…

伊東信江様より(昭和10年頃)

この振袖は義母が嫁ぐ時、に持ってきたものです。義母が亡くなった後、タンスを整理していて出てきました。あまりにもきれいで、同柄の振袖がありましたので不思議に思い、店主さんに尋ねました。義理の母はとっても温厚な人で、嫁の私達にも優しく接してくれました。想い出として大切にとっておきたいと思います。

店主からの一言
「お色直し」の語源はこのように同柄で色違いの着物に着替えることです。現代では、このような振袖を見る機会が少ないと思います。

河森絹江様より 振袖-赤地(昭和15年頃) 上  河森絹江様より 振袖-黒地(昭和15年頃)  下

振袖-赤地 上
この振袖は横に展示してある振袖と同じく母が嫁ぐときに持ってきたもので、お色直し用に作ってもらったそうです。

店主からの一言
なんときれいな色の振袖でしょう。一つ一つ丁寧に書き上げてあります。目の中に残る1枚です。

振袖-黒地  下
この振袖は私の母が嫁に来るときに着てきたものです。戦争で物がなくなる直前に作ったもので、この後この振袖は、私の叔母やいとこ等、親族数人に貸してあげました。お陰様で母は健在でこの振袖を想い出として大切にしまっています。

店主からの一言
この振袖も大変きれいな染色が施され、昔の方の着物に対する思い入れが感じられる逸品です。あと2-3年遅ければこの振袖も存在しなかったかもしれませんね。

岩倉一美様より(昭和54年頃) 上  岩倉博子様より(昭和46年) 下


母が苦労して買ってくれた振袖です。大変気に入っていたのですが、私が二十歳で結婚した為結納と出立ちの2回しか着られませんでした。友人の結婚式に幾度となく着ていこうと思いましたが、子供が出来たため着ることが出来ませんでした。大変好きな振袖なので染み抜きをして娘に着せてやりたいと思っています。

店主からの一言
あまり着られなくて残念でしたね。是非お嬢様にも着せてあげてください。お母さんのぬくもりがあってとっても良いことだと思います。私も応援させて頂きます。


私は3人姉妹の末っ子で生まれました。上の姉は振袖を買ってもらえなかったのですが、母はいつも私たちに振袖を買ってやりたいと思っていたようです。ある時母の勤め先の奥様に呉服の展示会へ誘われ、その展示会でたまたま好きな振袖があって、その勤め先の奥様からお金を借りて振袖を買い求めたそうです。 帰ってきてから、母は「やっと(気にかけていた振袖を買って)楽になった」と嬉しそうに言っていたことを覚えています。苦労して振袖を買ってくれた母の良い想い出です。

店主からの一言
帯揚げは家にあった赤色ではだめと言い張って、成人式当日の朝ピンクの帯揚げを買いに行かれたそうです。2000円と高いことに驚き、お母様に悪くて胸が痛んだことが忘れられないと、お母様へのやさしい心遣いもお聞きしました。

宮本紀子様より(平成4年)

この振袖は私が高校の時に「好きなものがあった」と言って母が買ってきた振袖です。祖父がたまたま叙勲を受ける機会があり、その祝の会に着ました。買って貰った時は少し地味かなとも思いましたが、二十歳になるとちょうど良い色合いでした。買って貰った時にはとっても嬉しかった想い出です。

店主からの一言
しっくりと落ち着いた振袖です。まだお若いのですから、ご結婚されていても、まだまだ着てくださいね。

香川真有美様より(昭和54年)

この振袖は私の結納に合わせて母が買ってくれました。8月でしたので、少しでも涼しそうにとの配慮から流水の柄を選びました。儀式は旅館でとりおこなわれ冷房が掛かっていましたが、外へ出るとアスファルトの照り返しですごく暑かったのを覚えています。それでも涼しげな顔をしなくてはいけないと思ったことを懐かしく思い出します。

店主からの一言
素敵な盛夏用の絽振袖です。流水柄は生命の源である水を体に与え無病息災に過ごしたいと言う先人の願いを意味します。どうぞご家族様がご健康でお幸せに過ごされますようお祈りしております。大切な想い出と共にお嬢様にも、是非着せてあげてください。

高島きぬ子様より(昭和44年)

この振袖は成人式の前に買って貰ったものです。周りからは「もっと濃い色の方が‥」と勧められましたが、優しい色が好きでこの色にしました。娘にあててみましたら結構似合っていましたので喜んでいます。

店主からの一言
扇面に松竹梅の高島様らしい優しい紋様です。お嬢様にも是非着せてあげてください。

三角知子様より(昭和42年)

平成5年の話です。ある時ご近所から「助けてもらえませんか」と言われました。ホームステイに来ている写真のクリントン君(オーストラリア)が友人の結婚式に出席するために是非着物を着たいと言って聞かない。着物はないし、結婚式の着物は近親者だけが着るものと言いくるめても、ガンとして言い張る。彼が言うには世界各国どこにも民族衣装があるのにイギリス領だったオーストラリアには民族衣装がないから是非着物を着てみたいし、結婚式には民族衣装で出るものだというのです。それを聞いて我が家にあった着物を彼に貸してあげました。その2年後、エイミーさん(オーストラリア)をホームステイに受け入れることになりました。彼女にクリントン君の話をしたところ、是非私も着てみたいと言うことで娘の振袖を着せてあげ、本当に喜ばれました。この振袖は二人の娘の他にも姪や孫、そしてエイミーさん等7人が着ました。みんな自分の振袖を持っているのに、赤がかわいいと言って本当によく着ました。

店主からの一言
クリントン君から大切な事を学んだような気がします。文化があると言うことは素晴らしいことで、是非日本の文化を後世に伝えて行きたいものです。深紅色(ふかきくれない)の印象深い振袖です。国際親善にきものが役だった素晴らしいお話でした。

柴田広美様より(昭和50年)

この振袖は私が19歳の時に両親から買って貰ったものです。両親は「赤の振袖にしなさい。柄が少し大きい」と反対しましたが、グリーンが好きでこれを選びました。これを買う前に何度も貸衣装で振袖を着ましたので、もう少し早く買っていればと思いました。

店主からの一言
柄の大きさも丁度よく爽やかな感じを受ける振袖です。一昨年お嬢様の振袖をお買い求め頂く時にお母様が「赤の振袖を」と言われましたが、ご本人様が爽やかなブルーの振袖を選ばれました。今度、話をお聞きしてほほえましく思いました。

大川夏美様より(昭和46年頃)

この振袖は昭和17年頃、母が嫁いで来たときに、打掛として羽織ってきたものを、私の成人のお祝いにと、母の打ち掛けに加賀友禅で書いて頂いたものです。母が羽織ったものを、私が着られて大変幸せでした。

店主からの一言
濡れ書きの加賀友禅です。親子続けて着られるなんて、大変幸せなことです。

大西美子様より(昭和46年頃)

この振袖は祖母が和裁をしていたせいもあって、祖母と母で買ってくれたものです。私は行きませんでしたが、京都に住んでいる親戚の呉服店へ二人で行って買ってきてくれました。私も大変よく着ましたし、娘にも中学校時代に着せました。

店主からの一言
桐に松、生地は水波模様の紋綸子。延命長寿を願ったやさしい柄の振袖です。

中田周子様より(昭和46年頃)

私は7人姉妹の一番最後に生まれました。実家ではゆとりがなくて姉たちは誰一人として振袖を買って貰いませんでしたが、私だけは買って貰うことが出来ました。もう最後だと父が無理をしてくれたのだと思います。姉には「貴女は末っ子だからね」と羨ましがられた事を覚えています。

店主からの一言
銀糸を横糸に渡してある「銀通し」と言う技法で鶴を表現した珍しい振袖です。あっさりとしている反面、上品さがよく出て帯が映える振袖です。